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萩本欽一の嫁でお母さん役の真屋順子さん死去 ファミリー大集合 

「欽どこ」31年ぶり ファミリー大集合 今だから言える

懐かしいエピソード披露「欽ちゃんのどこまでやるの!(欽どこ)」のお母さん役で人気だった女優の真屋順子(まや・じゅんこ、)さんが昨年(2017)12月28日に死去していたことが明らかになりました。まだ若い75歳でした「欽どこ」で夫婦役を演じた萩本欽一は、何度も病室を訪れており、訃報を聞いた際には、しばらく言葉が出なかったという。


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病気の連続だった真屋さん

真屋さんは2000年に脳出血で倒れ、以降も相次いで病魔に襲われた。昨年(2017)7月にはTBS系「爆報! THEフライデー」で、ほぼ寝たきりの闘病生活を送る様子を明らかにした。この番組を見た萩本欽一は、真屋さんの家族と連絡を取り、すぐにお見舞いに駆けつけた、その後も何度も励ましに訪れていたという。

近親者のみで家族葬が行われたが、「欽どこ」に関わった出演者やスタッフが集まって、真屋さんに別れを告げる「しのぶ会」が計画されており、萩本や共演者はその時に思いでや心境を語る意向だ。


真屋順子さん…お母さんお別れ

欽どこファミリー集結

昨年12月に全身衰弱のため亡くなった女優・真屋順子さんのお別れの会が15日、都内で営まれた。テレビ朝日系「欽ちゃんのどこまでやるの!(欽どこ)」のお母さん役として知られた真屋さんのために「欽どこファミリー」が大集結お父さん役だった萩本欽一は

「(コンビとして)私にとって(坂上)二郎さんと同じメダリスト。ステキな家族葬ができました」と笑顔でサヨナラを告げた。

「順子さんの笑顔に誘われて、ステキな家族葬ができました。家族でありがとうが言えました」

番組が終了して31年が経過しても、欽ちゃんは一家のお父さんで、妻を思う夫のままだった。出演者、スタッフ計29人が駆け付けた会で、真屋さんの遺影を見つめ「天国でもこの笑顔で笑っていらっしゃるんじゃないかな」と笑い掛けた。当時のメンバー関係者が29人も集まるとは真屋さんも天国で喜んでいるでしょう。

1976年から86年まで続いた超人気番組「欽どこ」。欽ちゃんは「人気の理由は順子さんの笑顔でした。本当にステキな笑いが番組を支えてくれた」と感謝。真屋さんの起用は自ら提案したと明かし「ブロマイドなのに化粧もしていない女優さんがいてステキな方、と思って。後で『失礼ね!あれでも化粧してるの!』って怒られたけど」と回想した。

昨年10月、見栄晴(51)と一緒に病院を見舞ったのが最後だった。「最後に小さな声で『ありがとう…』と言ってくれたんです」。欽ちゃんも「今度また来るからね」と励まし、看護師には「ウチの順子をよろしくー!」とお願いした。

コンビとして、どのような存在だったかとの問いには「私の中でメダリストです。(『コント55号』を組んだ坂上)二郎さんと(番組内のコンビ『コント54号』を結成した)前川(清)さんがいるから、銅メダルでご容赦をいただきたいけれど…

長男の高津健一郎さんは「(病室での)母は『欽どこ』のDVDを流しっ放しにして、何度も何度も見返してセリフを覚えるくらいでした」と、いかに真屋さんにとって番組が大切な存在だったかを明かし、「みなさん(の活躍)を見て『私も一生懸命に生きなくちゃいけないわね』と言って

いました」と「欽どこ」ファミリーに感謝した。


 ◆出席者コメント

細川たかし「すごく印象に残っているのは、最初に(後の代表曲となる)『北酒場』を歌った時のことです。『長い髪の女が似合う』の後の歌詞を忘れて、真屋さんにア然とした顔をされまして…。本当にすいませんでした」大将(萩本欽一)には笑いを教えてもらい、お母さん(真屋さん)には笑いの『間』を教えてもらいました。感謝しています。

前川清「大将は優しく、時に厳しかった。だから真屋さんの笑顔に救われました」

関根勤「ウケない時も『私には面白かったわ』と言ってくれる方で、僕にとって捻挫した後の馬肉のような人でした」「『欽どこ』は、萩本欽一さんが直前で演出を変更したり、僕と小堺一機くんが好き勝手やったりと先の読めない現場でしたけど、(真屋さんは)どんな時でも笑顔で我々を見守っていました。

その笑顔のおかげで、毎週楽しく安心してステージに立つことができました。これからも僕らを見て笑ってください」

小堺一機「毎週毎週、ニッコリした顔をしてくれました。お父さん(欽ちゃん)に怒られた後で『大丈夫よ』って顔をしてくれたり。大丈夫じゃなかったんですけど…」『欽どこ』でまだ半人前の私が大将(萩本欽一)の稽古でうまくできない時も、穏やかな笑顔で、『面白かったよ、大丈夫よ』とさりげなく支えてくださいました。甘えっぱなしで何の恩返しもできなかったのが悔やまれます」

見栄晴「去年、実の母も亡くして真屋さんもいなくなって、もうお母さんと呼べる人がいません」

「連絡をいただき、年末29日の晩にお焼香だけさせていただきましたが、長い闘病生活をされていたとは思えないほど、優しく朗らかなお顔をされていました。ご冥福をお祈りするのと共に、『お母さん、ありがとうございました』


真屋順子さんの

ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげますとともに 心からご冥福をお祈り
いたします。    合掌

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