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小川眞由美の現在は僧侶とか!初主役は「二匹の牝犬」でお色気映画でのデビューだった

妖絶女優小川眞由美の現在は何と出家して僧侶になっていた!その小川は若い頃は
テレビドラマ『浮世絵おんな小僧』が有名ですが、デビュー初主演映画はお色気女優で見事なボディーを売りにして人気を博しました。今回は小川の現在と『二匹の牝犬』を紹介します次のヴェーラ特集楽しみ過ぎ!久々に渡辺祐介の『二匹の牝犬』『悪女』が見れる!


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小川眞由美のプロフィール

名前:小川眞由美(おがわまゆみ)

生年:1939年2月11日(79歳)

出生地:東京都足立区

ジャンル:ドラマ。映画、舞台

娘:小川雅代

配偶者:細川俊之(1973年離婚

元婚約者:橋爪功


小川眞由美の経歴

小川の父親は戦前の舞台俳優だった。その父の所属していた劇団新東京の女優の田村秋子から文学座を勧められたことが、女優への始まりでした。同期には個性派女優の樹木希林がいました。

1963年映画初出演、「母」この時に裸でのラブシーンを演じている

1964年、『二匹の牝犬』にて映画初主演、悪女スターとして有名になる。

1970年代にテレビドラマ『浮世絵おんな小僧』が大ヒット、有名女優になる。

1967年、同じ文学座所属だった細川俊之と結婚。しかし6年あまりで離婚、一女がいる。

橋爪功と婚約発表、1981年でした。しかし籍を入れることなくわずか4年あまりで婚約解消。恋多き女と騒がれました。


小川眞由美の現在

色っぽい容貌に似合わず、若い頃から宗教にはまっていた小川。その小川は宗教遍歴を経て

尼僧として出家していた。なぜ出家(得度)するのか不思議であります。若い頃から色欲が激しくその色情の煩悩消滅が目的かも?しかし胸中は謎であります。

その小川が務める教場が閑静な住宅地にある、吉祥寺にありました。本教場では「相談」

「パワーアップ」「浄霊」などの修法を執り行なっているとの事。

教場長は六水院熊本本院、東京支部で長らく修行を積んだ小川美祥が務めます。小川美祥は、名女優として知られる小川眞由美の得度名です。

小川眞由美は完全なプロ宗教家になっていました。かなり修行を積んだようですね。

宗教家小川の挨拶です。

初めて下先生にお会いしたとき、先生のあまりの優しさに感銘を受けた私は、ためらうことなく六水院熊本本院、東京支部での修行生活に入り、さらに得度も踏ませていただき、今日に至っておりますまだまだ力不足の私ですが、私が体験した絶望、苦しみ、悩み、悲しみを糧に、皆様のお役に立ちたいと願っています。どうかよろしくお願い申し上げます。

小川眞由美の初主演映画

『二匹の牝犬』

1964年公開

キャスト

小川真由美          並木朝子

緑魔子              並木夏子

杉浦直樹             関根啓三

沢村貞子             川辺テツ

 

売春婦だった朝子(小川)は、禁止法施行後、風俗嬢になり体を元手に荒稼ぎをし、法の目をくぐって証券会社の関根と組み大金を貯めていた。

ある日、彼女の異母妹夏子(緑魔子)が上京、朝子の部屋に居すわってしまった。朝子を世話したヤリ手婆のテツ(沢村貞子)は夏子に眼をつけ、関根の上役三木に斡旋、夏子は関根とも性交渉を持った。その頃朝子は関根との結婚を考えていた。

ところが株が大暴落、関根に株の代償を求めた。関根は結婚によって朝子の株を帳消しにし、朝子の稼ぎもしぼり取れると考えた。だが朝子はソープランドを辞め、妻の座のみを考えていたのだ。

関根は顧客の金の工面のため、競輪にかけるが、それも失敗、その焦燥を夏子に向け、夏子の肉体の虜になってしまった。朝子はすべてを失った。金も、関根も。その上、性交の果てに関根に首をしめられて死んでしまった……。

この映画で「悪女」のイメージが付いた小川でありますが、ラストで自分が殺されたのに、「悪女」になるとは?批評がおかしいですね。でも実際に小川のようなソープ女性がいたら、さぞかし人気者でしょう。


まとめ:時事ネタ次郎

小川眞由美の若い頃の女優時代を知っている管理人としては、現在の得度した姿を拝見してかなりのギャップがあり混乱しております。どちらが本当の小川なのか?

人気女優として活躍しており、人より優れた美貌と収入もあり、困ったような話は聞いたことがありません。なんでプロの宗教家になるのか、こればかりは小川の胸を開いてみないと

わかりませんな。

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