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お笑い界の大御所 ビートたけしの生い立ち 毒舌そのままの反骨人生!

お笑い界の大御所で有名なビートたけし、テレビで姿を見ない日は無いほどに その存在はビッグであります。若手芸人の師匠であり目標でもあります。今回はその生い立ちや若い頃のエピソード 漫才ネタの毒舌そのままの破天荒人生を紹介いたします。


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たけしのプロフィール

本名:北野 武(きたのたけし)

生年:   1947年1月18日(72歳)昭和22年

出身:東京都足立区島根

職業:タレント 映画監督 脚本家

配偶者:北野幹子(2019年離婚)


たけしの生い立ち

父・北野菊次郎と母・北野さきの四男として足立区島根1115番地で生まれた。

早産であったために二五〇〇グラムの小さな赤ん坊だったそうです、襖の向こうにいた姉の記憶では、火のついたような元気な産声であったとか。生まれた時から,やんちゃだったとはさすがたけし師匠、こうして末っ子のたけしが生まれて北野家は7人家族になり生活も大変だったそうです。

学業熱心な母のおかげで勉強はできたそうですが、上の兄二人がもっと勉強ができたため、

また家が貧乏なこともあり、心にはうっぷんがあった。そのうっぷんを晴らすために

同級生に悪口というか、毒舌を吐いていたとか!

たけしの母は勉強熱心

たけしの母・北野さき下町の足立区の職人の女房で子供の学業に熱心とは、まったくの意外であります。昭和22年頃の日本は勉強どころか食うことが一番の大事でした。

この時代に子供に猛勉強とは?先を見すえる天性の感性を持っていたようです。

たけしの感性は母から受けついだようです。


たけしの若い頃とは

 学業優秀だった・たけしは明治大学工学部(現理工学部)に進学。このまま卒業していれば

世界のたけしは出現しなかった。せっかく入学した大学に馴染めず、自分が何をしたいのかわからず、新宿周辺でぶらぶらした生活を送った。母のさきはさぞかし嘆いたことでしょう。

通学しないので大学は除籍になった。お笑い界でスターになるまでのこの期間はたけしの模索時代でした。そして紆余曲折のすえ芸人の道に進むことになった。


たけしの邪道漫才

 

中学生の頃から同級生に悪口、毒舌を叩いてうっぷんを晴らしていた、たけし。これは

相手の本質を瞬間的に見抜く才能があったのでしょう。そしてその本質をすばやく言葉で表現できる天性の感性をもっていました。その漫才は業界からは邪道に映ったようです。

でも客席からは大変な人気を得てその邪道漫才は次第に認められた。

ツービート誕生・

「ビートたけし」「ビートきよし」という芸名でコンビ漫才を始めた、たけし。しかし毒舌のたけしの芸風は関係者・団体からは理回できずかなり抑圧されたそうです。

凡人は天才を理解できません。たけしのギャク当時はかなり衝撃でした。「ジジイ、ババア」

「ブス、カッペ」「寝る前に絞めよう親の首」世間で禁句の言葉を連発するのですから

問題になりますね。1980年代になると漫才ブームがおこり、その中心にツービート

のたけしが存在した

1985年ごろから「ビートたけし」として単独でテレビに出演する機会が増えていった。


たけしの仰天事件-フライデー襲撃

 

このフライデー事件もう33年たちますが、まさに衝撃事件でした。1986年にビートたけしとその弟子(たけし軍団)が講談社のフライデーの編集部に行き過ぎた取材に対する抗議に

出向きました。この時間がなんと朝の3時というからこれも驚き、この時間帯に編集部に

社員が何人も居たとは!当初は抗議だけのつもりだったとか、しかし結局は暴行事件に発展して、たけしはじめ弟子たちはその場で逮捕という、芸能界で例のない事件になりました。

たけしに同情する政府関係者もいて、結局謹慎8ヶ月で芸能界に復帰した。

麻薬とか女性問題で逮捕されるとスポンサーが拒否するため、そのまま追放されるのが芸能人です。でもたけしは謹慎だけで復帰できた。自分の彼女を守るために行った行為なので

スポンサーも許してくれたのか?


たけしのバイク事故

フライデー襲撃事件が落ち着いて、人々の記憶が薄れたころ、またもたけしが大きな事件(事故)起こし、世間を驚かせました。

バイク事故1994年(平成6年)8月2日午前1時ころ、原付バイクで新宿区内を走行中に自損事故を起こし頭部に重傷を負った。救急搬送されて一命を取り留めたものの、長期の入院などにより当分の間すべての仕事をキャンセルした。正式な診断では「右側頭部頭蓋骨陥没骨折、脳挫傷、右頬骨複雑骨折」という即死でもおかしくない状態だった。

でもビートたけしはその毒舌漫才のような、したたかな生命力をもっていた。なんと

2か月で退院できたのだ。顔面に麻痺が残ってはいたが、そのときの記者会見がたけしらしいと「「治らなかったら、芸名を顔面マヒナスターズにします」

「頭に入っているボルトのせいで金属探知機に引っかかる」

と自分の事故をギャグにかえて笑いをさそっていた。


まとめ:時事ネタ次郎

 

たけしの離婚が大きく報道されていた。「たけしと女性」あまり似合わないのですが、やはり女はいました。

たけしの結婚は女性漫才師の内海ミキこと北野幹子と1980年に結婚している

フライデー襲撃事件はたけしの不倫あいての取材が発端でした。

そしてついにこの40年来苦労を重ねた妻、幹子さんと離婚した。

実はもうすでに18歳下の女性と同居しているそうだ。

お笑い界のビッグモンスター「ビートたけし」を射止めた女性、お見事であります。

あとは最後まで見届けてくださいな。

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