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谷ナオミ 日活ロマンポルノで活躍!勝手のSM女王だった 引退後の現在 

谷ナオミ 日活のロマンポルノ時代にその全盛期を支えた女優だった。

1960年代からヌード女優として大活躍。SM関係では団鬼六らの作るSM系のピンク映画に数多く出演していた。70年代にはにっかつロマンポルノで『SM映画の女王』としての地位を確立。引退後はクラブを経営していた。

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谷ナオミのプロフィール

本名:福田明美

芸名:谷 ナオミ

生年月日:1948年(昭和23年)10月20日 71歳

出身地:福岡県福岡市

配偶者:1979年に一般男性と結婚。

1979年引退:その後は熊本で喫茶店経営などの事業を展開。

1984年から熊本市内でスナック(クラブ)経営。

2013年に完全に引退。

谷ナオミ 初代『SM映画の女王』団鬼六と組んだ名作『花と蛇』画像

谷ナオミの経歴

 

1948年(昭和23年)10月20日、博多網場町生まれる。両親が別れたため親せきの家を

転々として育つ。15歳で母親が死去。中学卒業後は熊本でホステスをしてた。

複雑な生い立ちであります。おそらくやっと小学、中学を卒業したのでは。まともな食事も口に出来ないこともあったでしょう。しかし何故かナオミさん、おっぱいも大きくグラマーな身体に育ちました。この身体があったからこそ日活で『SM映画の女王』と呼ばれたのでしょう。

1966年(昭和41年)18歳で上京。ウエイレスで生計を立てながら、当時のヌード女優で作家だった豊原路子に弟子入りする。娘の谷ナオミは自分の価値を良く分かっていたようです。自分の体に価値がある、これで世に出ようと思っていたのですな。

1967年頃からヌードになりグラビアを撮っていた。1967年(昭和42年)、銀座地球座がピンク実演を開始した。ここでピンク芝居を演じていた。

1968年(昭和43年)頃、ピンク映画のプロデューサー山邊信雄が新宿のクラブで、ホステスをしていた谷ナオミを見て、ヤマベプロに入れる。

そして徐々に人気がでて、最期は日活ロマンポルノの女王と呼ばれるまでになった。

谷ナオミ 初代『SM映画の女王』団鬼六と組んだ名作『花と蛇』画像


谷ナオミと団鬼六

谷ナオミの映画出演は早く、1967年の「スペシャル」という映画がデビューである。

関孝二監督だが詳しいことは残っていない。

1968年(昭和43年)5月、東映『徳川女系図』に他のピンク女優と共に出演。

始めてメジャーの映画に出演したがその他大勢の一人だった。

同じく1968年、団鬼六との最初の出会いは。ヤマベプロの『続・花と蛇 赤い拷問』だったようです。

この頃にはスカウトされた山邊信雄と付き合っていたようだ。谷ナオミの体を演技以外で

堪能した最初の男だった。

団鬼六との1972年(昭和47年)、SMキング10月増刊号として団鬼六監修の『特集・谷ナオミ 豪華写真集 緊縛の世界』が発刊。

そしてついにあの名作映画に主演、原作は団鬼六。これで名実とものSM映画のトップ女優に躍り出た。1974年(昭和49年)、にっかつ『花と蛇』公開。世の男性に衝撃を与えた。

その後も団鬼六のSM作品に多く出演、「SM女王」と呼ばれる。

私生活でも団先生と噂があったようです。


名作、谷ナオミの『花と蛇』

1974年『花と蛇』に出演後も、団鬼六原作のSM映画に数多く出演した。そして日活ロマンポルノを代表するポルノ女優となった。「初代SMの女王」と称され、団鬼六とはプライベートでも親密な関係にあった。1978年の『薔薇の肉体』での演技に対し、第2回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。

名作、『花と蛇』はその後も数多くのポルノ女優が演じたが、初代谷ナオミを超える女優はいない。

ちなみに団鬼六の原作で出演した映画は

『花と蛇』(1974.06.22)(製作:日活)

『新妻地獄』(1975.12.06)(製作:日活)

『夕顔夫人』(1976.12.08)(製作:日活)

『檻の中の妖精』(1977.06.04)(製作:日活)

『黒薔薇夫人』(1978.04.01)(製作:日活)

『縄地獄』(1978.06.24)(製作:日活)

『団鬼六 薔薇の肉体』(1978.09.09)(製作:日活)

『団鬼六 縄化粧』(1978.12.02)(製作:日活)

『団鬼六 縄と肌』(1979.07.21)(製作:日活)

『団鬼六監修 SM大全集』(1984.03.16)(製作:日活)


谷ナオミの現在

1979年に一般男性と結婚して引退、熊本に帰った。そこでスクラブのようなスナック「大谷」を経営していた。噂を聞いたファンが全国から駆け付けたという。

一般的にはポルノ女優は引退すると過去を隠したがるけど、谷ナオミの場合は真逆で

誇らしく振る舞っている。そのスナックも全国からファンが集まったというから凄い。

1987年(昭和62年)、引退後一緒に経営していた夫の大道哲矢と離婚した。この時ナオミ

はまだ37歳だった。現在ならこの年齢ならまだ結婚できますね。何があったのか?

さてその谷ナオミも2013年、(平成25年)7月、65歳になりスナック「大谷」を譲り熊本で一人暮らしを始めたという。


まとめ:ネタ次郎

ひと昔まえの女優さんは世に出るのが早いせいか、引退も早いですな。37歳で引退とは惜しかったです。その最後の引退興行が埼玉県大宮市の大宮DX劇場で興行した。

デビューがピンク実演でしたがラストはストリップ劇場でした。人前で裸になれる貴重な女優さんでした。生い立ちが貧しく苦労したせいか、仕事での撮影はとても真剣に取り組んでいたとか。

裸になれる女優はその後も多くいましたがSM女優でナオミを超える人はいません。大変貴重な女優さんでした。余生をゆっくりと過ごしてください。

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